松坂城址の三の丸に残る御城番屋敷

御城番屋敷は松坂城搦め手から続く石畳の道を挟み、東西に建つ2棟の長屋の武家屋敷です。

御城番とは?

戦国時代から江戸時代に城の守衛にあたった兵士のことです。
お城専属のガードマンですね。

初代紀州藩主徳川頼宣から、有事の際には紀伊田辺の安藤家に助勢するようにと藩命を受けて、紀州藩家老田辺安藤家へ遣わされていた直臣(藩主直属の家臣)の紀州藩士は、代々与力衆として田辺に住んでいました。
しかし1856年に安藤家の陪臣(藩主の家来の家臣)となるよう命じられ、納得できずに脱藩します(田辺与力騒動)。6年後、再び紀州藩主の直臣として帰参することを許され、1863年に紀州藩直轄地の松阪で御城番の職につき、その際に松坂城南東の三の丸に藩士とその家族の住居となる組屋敷が建てられました。

紀州藩士が松坂城御城番となる際に建てられた武家屋敷

この際に建てられた武家屋敷が現在の御城番屋敷で、当初20戸の組屋敷でしたが松坂工業高校が創立した明治35年、西棟北側の2戸が仮教室として使用され、その後1戸が切り詰められて、東棟10戸西棟9戸の現在の形となりました。
ほぼ昔の形のままで住居として継続して使用されており、2004年12月10日「旧松坂御城番長屋」として国の重要文化財に指定されました。

維持管理をしているのは合資会社苗秀社で、この会社は住民士族が明治維新後に士族授産で得た資産を元手にして設立した会社です。
建物には現在も御城番武士の子孫が住んでいて、それ以外の19戸中12戸は借家として貸し出されています。内1戸は松阪市が借用し内部を創建当時の姿に復元して一般公開しています。
借家部分は意外と人気物件らしくめったに空かないそうなのですが、現在東棟と西棟に1戸ずつ空きが出ています。(2018.9.27現在)
借家部分はアルミサッシが付いていて、お風呂、トイレ、キッチンなども現代のモノがつけられています。

松坂城御城番屋敷
御状番屋敷の間にある石畳の道からは松坂城址が望めます。

松坂城址から御城番屋敷を望む
松坂城址二の丸からは御状番屋敷の切妻屋根を眺めることができます。

各棟は1戸あたり間口5間・奥行き5間を基準として規則正しく並び、建物を取り囲む槙の生垣や前庭の様子も美しく人気の記念写真撮影スポットとなっています。

御城番屋敷の1戸が一般公開されています。
松阪御城番屋敷

一般公開されているのは西棟の北端の建物になります。
生垣の間から、小さな前庭を抜けて上り框のある玄関から屋敷内に入れます。

御城番屋敷
中は(当たり前ですが)The 和室!!といった感じ。

御城番屋敷
庭もあって、なかなか素敵なたたずまいです。
耐震・防災の為の修復がされていますが、目立たないように配慮されています。

現存する松坂城の最後の建築物?

御城番屋敷土蔵

東棟の北側には土蔵があります。
此方の土蔵は松坂城の隠居丸にあった3棟の土蔵(米蔵1棟、道具蔵2棟)の米蔵を明治初期に移築したものと言われています。
事実であれば、松坂城関連の建物としては残存する唯一の建物ということになります。
土蔵の西側には南龍神社という小さな神社が建てられ、紀州藩の初代藩主徳川頼宣が祀られています。

御城番屋敷一般公開時間

開館時間は10:00から16:00となっています。
入館料は無料
月曜(月曜が休日の場合は翌日)と年末年始は休館です。

御城番屋敷へのアクセス

・公共交通機関利用
名古屋から
は、JRの快速みえか近鉄が便利です。
近鉄特急で、名古屋から70分ですが、近鉄「特急」は特急料金がかかります。
急行だと90分程度となります。
JR快速みえは、本数が少ないですが70分程度となります。
ただし名古屋~松阪間を青春18きっぷ利用で移動する場合には、快速みえは第三セクターの伊勢鉄道を経由しますので別途510円の料金が必用となります。
大阪方面からも、近鉄特急が便利です。
鶴橋駅から特急ですと90分程度、急行ですと2時間強かかります。

松阪駅から御城番屋敷への行き方
徒歩で15分程度です。

バス利用の場合
市街地循環バス(鈴の音バス)、三交バスで「松阪市役所」下車。徒歩で5分程度

松阪駅にある観光協会で、4時間400円でレンタル自転車が貸し出されています。

・車の場合
住所は三重県 松阪市殿町1385です
伊勢自動車道松阪ICより約10分
駐車場は松阪城址北側に松阪市駐車場があります(無料)